ルソー

地上ではわたしにとってすべては終ってしまった。善にせよ悪にせよ人々はもうわたしになにもすることができない。わたしにはもうこの世で期待したり恐れたりすることはなにひとつ残っていない。こうしてわたしは深淵の底で安らかに、恵まれぬ哀れな人間でありながら、あたかも神そのもののように不惑不動の境地にある。
わたしの外にあるものはすべて、これからはわたしにとって無縁のものだ。わたしにはもうこの世に隣人も、仲間も、兄弟もない。地上にあるわたしは、もと住んでいた惑星から落ちてきて別の惑星にいるようなものだ。自分のまわりになにものかを認めるにしても、それはわたしの心にとって悲しくいたましいものばかり、身にふれるもの、周囲にあるものに目をやれば、わたしをいらだたせる軽侮の念、心を悲しませる苦痛を呼び起こすものを見ずにはいられない。だから気にしてもむだで胸が痛くなるばかりの苦しいことは、いっさいの精神から遠ざけることにしよう。慰めも、希望も、平和も自分の内部にしかみいだされないのだから、わたしは余生をひとりで暮らし、もう自分以外のことは考えるべきではないし、考えたくもない。

『孤独な散歩者の夢想』(p17-18)


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