ドストエフスキー

「先日、モスクヴァで行なわれたドストエフスキイ氏の話は、おめでたい連中の間に、非常な昂奮を巻き起こした様子であるが、冷静に見れば、今度の演説も、要するに、この作者がこれまでさんざん説いてきた宗教的理想、個人の道徳的完成を言っているにすぎないではないか。今日のロシヤの求めているものは、そんなものではない、社会的理想である、現実に新しい公民的制度を確立するための社会的理想である。詩人に騙されてはいけない」(グラドフスキー

「(前略)君は君のスローガンを掲げて公民的団結に向かって進み給え。 Liberte, Egalite et Fraternite.(自由、平等、友愛)よろしい。だが君はもう一つのスローガンを同時に掲げている事を忘れるな。ou la mort. しからずんば死。――ヨーロッパは、外的現象に救いを求める人に満ちている。道徳の根本の基礎が、もう崩壊しているのだから、社会的理想に関する抽象的公式が、幾つも叫ばれれば叫ばれるほど、事態は悪化するのだ。一世紀も経たぬうちに、彼らはもう二十回も憲法を変え、十回近くも革命を起こしたではないか。総決算の時は必ず来る、誰もが想像できないような大戦争が起こるであろう(後略)」(ドストエフスキー

(『作家の日記』/小林秀雄「政治と文学」より孫引き)