2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

磯部忠政

いつのまにか日本人は、人間をも含めて動いている自然のいのちのリズムとでも言うべき流れに身をまかせる、一種の「こつ」を心得るようになった。己れの力 や意志をも包んで、すべて興るのも滅びるのも、生きるのも死ぬのも、この大きなリズムの一節であると…

ルイス・キャロル

その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)。 『鏡の国のアリス』 参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E4%BB%AE%E8%AA%AC

夏目漱石

昔の人は己を忘れよと云ふ。今の人は己を忘るヽなと云ふ。二六時中己れの意識を以て充満す。故に二六時中大平の時なし。 「断章」 参照:https://twitter.com/yakumoizuru/status/373308598585008128

ひろさちや

人生に意味があると思っているから、その意味に絶望して自殺するのではないか。人生に意味がないとわかっていれば、自殺する必要さえないよ。 『「狂い」のすすめ』 関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/20121108/p1

小林秀雄

惟うにすべての名言は、万人がわれ知らず心得ているまさしくその点を、その点のみを射抜いている。あんまり解りすぎているからこそ解り難い。 「年末感想」

デュルケム

自らが生きる時代の価値観を超えようと夢見る理想主義者の創造的個性が出現するためには、その時代にとって価値のない犯罪者の個性も発現可能でなければならない。前者は後者なしにありえない。

永井均

すでに実現されている平々凡々たる現実こそが、平々凡々たる現実であるからこそ、最も困難な、最も微妙な課題であり、規範ですらある、というこの認識は、いろいろな場合にとても重要な意味をもつ、とぼくは思う。個人についてではなく、社会についても、同…

中野孝次

大体こんなふうに話してくると、ここまで来てようやく「清貧」という言葉でわたしが何を言おうとしているかを察してもらえだすようであった。それまでは「清貧」は消極的な禁欲原理としか受取られず、それがアジアの汎神論的な感性をもととした積極的な宇宙…

ロバート・B. ライシュ

買い手としての私たちにとって、より良い製品やサービスを求める選択が簡単になればなるほど、売り手としての私たちは消費者をつなぎとめ、顧客を維持し、機会をとらえ、契約を取るために、ますます激しく闘わなければならなくなる。この結果、私たちの生活…

西郷隆盛

人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽くして人をとがめず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。 関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2015/06/01/203944

ドストエフスキー

いや、諸君、問題が一覧表だの、算術だのというところまで行ってしまって、二二が四だけが幅を利かすようになったら、もう自分の意志も糞もないじゃないか?二掛けるニは、ぼくの意志なんかなくたって、やはり四だ。自分の意志がそんなものであってたまるも…

ジョージ・オーウェル

自由とは二足す二が四であると言える自由である。 『一九八四年』

山本七平

徳川時代にすでに、経済的合理性なきものは存立しえないことは、多くの人にとって公理であった。いわば「資本の論理」を無視すれば、個人も商人も、藩も成立しないのである。したがって、合理性の追求は「善」であった。梅岩にとっては、消費者のために徹底…

亀井勝一郎

絶望して自殺すると言いますが、絶望とは何か。人間的に言えば、それは一の希望なのです。(…)絶望による自己否定によって、第二の自己を形成しようとする点で、それは一の希望なのです。自殺はこの希望すら放棄するのですから、完全絶望とも言えましょうが…

小坂井敏晶

近代的道徳観や刑法理念においては、自由意志の下になされた行為だから責任を負うと考えられている。しかし責任の正体に迫るためには、自由意志に関する我々の常識を改めなければならない。責任が問われる時、時間軸上に置かれた意志なる心理状態と、その結…

見田宗介

生きることが一切の価値の基礎として疑われることがないのは、つまり「必要」ということが、原的な第一義として設定されて疑われることがないのは、一般に生きるということが、どんな生でも、最も単純な歓びの源泉であるからである。語られず、意識されると…

斎藤環

さて、もう一度確認しよう。欲求は満足することができる。でも欲望は、決して満足しない。そして、人間の活動は、そのほとんどがこうした「満たされない欲望」の上に成立している。僕たちは自分の抱えた欲望をそのつどちょっとずつ満たしてやることで、最終…

伊藤計劃

「わたしがわたしであることを捨てたほうがいい。『わたし』とか意識とか、環境がその場しのぎで人類に与えた機能は削除したほうがいい。そうすれば、ハーモニーを目指したこの社会に、本物のハーモニーが訪れる」 『ハーモニー』 関連:http://hideasasu.ha…

孔子

子曰く、之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。 『論語』

加地伸行

『論語』の子路篇にこんな有名な話がある。羊を盗んだ父親がいたとき、その息子が役人に父の罪を告げた。行政官は「まっすぐ」だとしてその息子を褒めた。ところが、孔子はこう言っている。「父は子のために〔その罪を〕隠し、子は父のために〔その罪を〕隠…

長谷川英祐

進化は、永遠に終わることのない過程ですが、もしも「完全な適応」が生じれば進化は終わります。私は講義のなかで学生に「すべての環境で万能の生物がいれば、進化は終わるのか?」という問いを必ず投げかけます。全能の生物がいれば、どのような環境でも競…

ユクスキュル

最遠平面はさまざまな形で視空間を遮断するとはいえ、最遠平面というものはつねに存在する。それゆえわれわれは、草地にすんでいる甲虫であろうと、チョウやガ、ハエ、カ、トンボであろうと、われわれのまわりの自然に生息するあらゆる動物は、それぞれのま…

鈴木大拙

なにかをなすという考えは、心を一方向に向け、他のすべての方面が等閑にされる。考えるな、思い煩うな、分別を持つな、そうすれば心は到るところに行きわたってその全力が働き、つぎつぎと手近の仕事を成就するであろう。 『禅と日本文化』

清水博

一般に生物自らが情報を獲得することを創造と称しています。生物はどのようにしてこれをおこなっているのでしょうか。情報は、つまるところ、「あれか、これか」の選択を可能にするものです。そして生物はまず、あれもこれもと、可能な状態をとってみて、相…