2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

木村敏

私たちはここで、常識的日常世界の「世界公式」というべきものを考えてみたいと思う。この公式は形の上ではこの上なく単純なものである。1=1これが私たちの「世界公式」にほかならない。しかしこの公式は、形の上ではいかに単純であろうとも、内容的にはた…

埴谷雄高

――凡てが許されるとしても、意識のみは許されることはあるまい。この悪徳め! (『不合理ゆえに吾信ず』) 関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2015/10/07/015535

萩原朔太郎

労働の讃美は、近代に於ける最も悪しき趣味の一つである。 (『孤独者の手記から』)

小林秀雄

政治の取扱うものは常に集団の価値である。何故か(この何故かという点が大切だ)。個人の価値に深い関心を持っては政治思想は決して成り立たないからだ。ここにこの思想の根本的な或は必至の欺瞞がある。この必至の欺瞞の為に、政治は自然の速度を加減しよ…

埴谷雄高

政治を政治たらしめている基本的な支柱は、第一に階級対立、第二に絶えざる現在との関係、第三に自身の知らない他のことのみに関心をもち熱烈に論ずる態度である。自身の知らない他のことを論ずるために、私たちはまず他人の言葉で論ずることに慣れ、次第に…

ゲーテ

自由でないのに、自分は自由だと思っているものほど奴隷になっているものはない。(「親和力」第二部五章) すべての人間が、自由を得るや、その欠点を発揮する。強い者は度を超え、弱い者は怠ける。(「格言と反省」) 自由というものは妙なものだ。だれで…

ドストエフスキー

「私の結論は、私がそもそもの出発点とした当初の理念とまっこうから矛盾するにいたったのです。無制限の自由から出発しながら、私の結論は無制限の専制主義に到達したのであります。しかしながら、つけ加えますと、社会形態の問題は私の解決以外にけっして…

管仲

倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る (『管子』)

ヘンリー

鎖と隷属の対価で購われるほど、命は尊く、平和は甘美なものだろうか。全能の神にかけて、断じてそうではない。私は、これ以外に私の進むべき道を知らない。私について言えば、私に自由を与えよ。然らずんば死を与えよ。 (演説)

小林秀雄

考えるとは、合理的に考える事だ。どうしてそんな馬鹿気た事が言いたいかというと、現代の合理主義的風潮に乗じて、物を考える人々の考え方を観察していると、どうやら、能率的に考える事が、合理的に考える事だと思い違いしているように思われるからだ。当…

ドストエフスキー

「先日、モスクヴァで行なわれたドストエフスキイ氏の話は、おめでたい連中の間に、非常な昂奮を巻き起こした様子であるが、冷静に見れば、今度の演説も、要するに、この作者がこれまでさんざん説いてきた宗教的理想、個人の道徳的完成を言っているにすぎな…

2chコピペ

236 名前:ラジオネーム名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/07(水) 01:38:58 id:YGx6DBBuメタ視点って若年期の万能感に通じるものがどこかあって、 そういう見方で物を見たり感じたりしてると、自分がまるで 上位の存在であるかのような勘違いをするんだよな…

芥川龍之介

私は不幸にも知っている。時には嘘によるほかは語られぬ真実もあることを。 (『侏儒の言葉』)

老子

知る者は言わず、言う者は知らず(「知者不言、言者不知」)

大岡昇平

福田 (前略)大岡昇平があるエッセイで日の丸の話を書いている。自分は日の丸を否定するやつは嫌いだと。だけど真っ白に真っ赤の日の丸も嫌いなんだと。自分が乗ってきた捕虜交換船の船尾に、汚れてだらしなく下がっていた、あの日の丸を自分は許容するとい…

西行

風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな (『山家集』)

ヘーゲル

理性的であるものこそ現実的であり、現実的なものこそ理性的である。とらわれない意識はいずれも、哲学と同様に、この確信に立っているのであって、哲学は自然的宇宙の考察と同じく精神的宇宙の考察においても、この確信から出発する。もし反省とか感情が、…