木村敏

私たちはここで、常識的日常世界の「世界公式」というべきものを考えてみたいと思う。この公式は形の上ではこの上なく単純なものである。

1=1

これが私たちの「世界公式」にほかならない。しかしこの公式は、形の上ではいかに単純であろうとも、内容的にはただごとではない、大きな問題を含んでいる。かりにいまこの公式を「証明」しなければならないとしたら、私たちは途方にくれるよりほかない。数学はもちろんのこと、物理学も化学も、とにかく自然科学の全領域が、それだけではなく私たちの生活をすみずみまでわたって規制している社会規範のすべてが、この基本的な公式の上に組み立てられている。私たちの生活の全体がこの証明不可能な公式の上になりたっているといってさしつかえない。私たちは私たち自身の生活を支えている基本公式を、常識的日常性の枠内では説明しえないのである。

(『異常の構造』120頁)


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