鈴木大拙

なにかをなすという考えは、心を一方向に向け、他のすべての方面が等閑にされる。考えるな、思い煩うな、分別を持つな、そうすれば心は到るところに行きわたってその全力が働き、つぎつぎと手近の仕事を成就するであろう。(p80)

生命は、表面的な意識を占むるにすぎぬ分析と、真に関連しているだろうか。われわれの知的思慮や分別以上に深い大きな生命、すなわち「無意識」そのもの、私のいわゆる「宇宙的無意識」の生命が、誰人にもないであろうか。われわれの意識的生命は、「無意識」というある根本的なものと関連する時にのみその真の意義をうる。(p180)

『禅と日本文化』

 

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