湯川秀樹

現実は痛切である。あらゆる甘さが排斥される。現実は予想出来ぬ豹変をする。あらゆる平衡は早晩打破せられる。現実は複雑である。あらゆる早合点は禁物である。
それにもかかわらず現実はその根底において、常に簡単な法則に従って動いているのである。達人のみが、それを洞察する。
それにもかかわらず現実はその根底において、常に調和している。詩人のみが、これを発見する。
達人は少ない。詩人も少ない。われわれ凡人はどうしても現実に捉われ過ぎる傾向がある。そして、現実のように豹変し、現実のように複雑になり、現実のように不安になる。そして、現実の背後に、より広大な真実の世界が横たわっていることに気づかないのである。
現実のほかにどこに真実があるかと問うなかれ。真実はやがて現実となるのである。

「真実」/『目に見えないもの』