堂目卓生

スミスは、真の幸福は心が平静であることだと信じた。そして、人間が真の幸福を得るためには、それほど多くのものを必要としないと考えた。(…)たいていの人にとって、真の幸福を得るための手段は、手近に用意されているのだ。与えられた仕事や義務、家族との生活、友人との語らい、親戚や近所の人びととのつきあい、適度な趣味や娯楽。これら手近にあるものを大切にし、それらに満足することによって、私たちは十分幸せな生活を送ることができる。

多くの人間が陥る本当の不幸は、真の幸福を実現するための手段が手近にあることを忘れ、遠くにある富や地位や名誉に心を奪われ、静坐し満足しているべきときに動くことにある。そのような時宜を得ない行動は、本人を不幸にするだけでなく、時として社会の平和を乱すことがある。富や地位や名誉は求められてもよい。そして、個人がそれらを求めることによって社会は繁栄する。しかし、富や地位や名誉は、手近にある幸福の手段を犠牲にしてまで追求される価値はない。私たちは、社会的成功の大志を抱きつつも、自分の心の平静にとって本当は何があれば足りるのかを心の奥底で知っていなければならない。

 アダム・スミス