斎藤環

変われば変わるほど変わらない。これが私にとっての精神分析的原則である。人々の欲望は、ある種の普遍的メカニズムの上に成り立っており、そのメカニズムの普遍性が維持されるためには、欲望の対象は常に変化し続ける必要がある。例えば時代とともに移り変わるリアリティの位相なども、こうした欲望の変位によってもたらされることになるだろう。個別的ないし集団的な欲望の現れから、言葉を通じて、主体の普遍的な構造をつねに否定形において見出すこと。この作業は、欲望の変遷から主体構造の変化を想定する以上に困難ではある。しかし、それでもこの地点に留まり続けることこそが、精神分析家の倫理なのではないだろうか。「主体」の、あるいは「人間」の変質ないし消滅を唱えるのは、むしろ容易なことだ。しかし私たちは、人間の消滅という言葉に否定的な形で宿っている主体の痕跡、そちらに対する感受性のほうを維持しておきたい。そのための訓練として、精神分析はいまこそ要請されるべきなのである。

「精神分析」を回避することの困難さについて
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/saito/voice0104.html