市川伸一

くり返すことになるが、私は人間の日常的な推論には、認知的な制約や感情的な要因がはいってきて、合理的とはいえない面がたくさんあると思う。迷信、誤解、議論のすれ違い、個人的ないさかいや、果ては社会的な偏見や、国際紛争にいたるまで、さまざまな問題の背後には、人間の推論の特性がからんでいる。だからこそ、人間の推論のもつネガティブな面をそれとして認め、その姿を明らかにしようとする研究は、事態の改善の第一歩になる。人間の推論の素朴な姿をひたすら肯定的に見ることが、人間の合理性に対する信頼の証なのではない。人間は自らの認知の両面を直視して改善していくことのできる存在であると考えることこそ、人間の合理性への信頼なのではないだろうか。

『考えることの科学』(p.185)