蓮池勢至

悲しみに打ちひしがれている家族・親族がいるのに、通夜などの席で酒を飲んでいる人たちがいる。葬式の時でも、少し前までは手伝いの人たちが酒を飲み酔っぱらう人までいた。考えてみると不謹慎きわまりなく、どうして葬式にまで酒を飲むのか疑問に思ったりするのも当然であろう。

昔の日本人は死や死者に対する観念が、現代人のように「人間死んだら終わり」ではなかった。死者はこれから死出の旅路に出かけるのである。死出の山路を越えていくために杖や草鞋を持たせ、三途の川の渡し賃として六文銭を棺桶に入れたりした。葬式は生者と死者の別れの時であり、死者の旅立ちに際して一緒に食事をとり酒を飲んで別れを惜しんだのである。もう少し考えれば、近世では人々が遠くの寺社参詣に出かけたりするとき近親縁者が村境で酒を酌み交わした。また、近畿地方では嫁入り前の祝宴を出立ちなどといっている。酒を飲むことが、村や家からの離脱、あるいは生者の世界から離れていく決別の意味を持っていたのである。

新谷尚紀編著『民俗学がわかる事典』(p.136-137)