内田樹

早期定年退職で割り増し退職金をもらって今すぐ辞めるのと、定年まで賃金五割カットとどっちがいい?」というような問いを突きつけられて困るというのは、「決断」でもなんでもない。それは「ではいよいよ死刑執行の時間となった。さて、君はワニに食べられて死ぬのと、アナコンダに呑まれて死ぬのと、どちらがよろしいかな。you have the choice」と宣告されているようなものであって、そんなものを私どもは「決断」とか「選択肢」とかいうふうには呼ばないのである。
知的努力というものは、ワニとアナコンダのどっちがいいかというような不毛な選択において適切な決断を下すためにではなく、「そのような選択にいかにすれば直面しないですむか」に向けて集中されなければならない。右すればワニ、左すればアナコンダというような分岐点にまでずるずる引っぱられてゆく人間というのは、それ以前における重要な決断において繰り返し間違いを犯しており、その清算を迫られている、というだけのことである。

『街場の現代思想』


参照:http://hitogoto.com/b/a/1041


関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2015/05/18/015548
http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2013/12/12/032042
http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2013/12/24/091401