芦部信喜

五 立憲主義と現代国家――法の支配

近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的とするが、この立憲主義思想は法の支配(rule of law)の原理と密接に関連する。

1 法の支配

(中略)

法の支配の内容として重要なものは、現在、①憲法の最高法規制の観念、②権力によって侵されない個人の人権、③法の内容・手続の公正を要求する適正手続(due process of law)、④権力の恣意的行使をコントロールする裁判所の役割に対する尊重、などだと考えられている。

2 「法の支配」と「法治国家

「法の支配」の原理に類似するものに、戦前のドイツの「法治主義」ないしは「法治国家」の観念がある。この観念は、法によって権力を制限しようとする点においては「法の支配」の原理と同じ意図を有するが、次の二点において両者は著しく異なる。

(一)民主的な立法過程との関係 第一に、「法の支配」は、立憲主義の進展とともに、市民階級が立法過程へ参加することによって自らの権利・自由の防衛を図ること、したがって権利・自由を制約する法律の内容は国民自身が決定すること、を建前とする原理であることが明確になり、その点で民主主義と結合するものと考えられたことである。これに対して、戦前のドイツの法治国家(Rechitsstaat)の観念は、そのような民主的な政治制度と結びついて構成されたものではない。もっぱら、国家作用が行なわれる形式または手続を示すものにすぎない。したがって、それは、いかなる政治体制とも結合しうる形式的な観念であった。

(二)「法」の意味 第二に「法の支配」に言う「法」は、内容が合理的でなければならないという実質的用件を含むものであり、ひいては人権の観念とも固く結びつくものであったことである。これに対して「法治国家」に言う「法」は、内容とは関係のない(その中に何でも入れることができる容器のような)形式的な法律に過ぎなかった。そこでは議会の制定する法律の中身の合理性は問題とされなかったのである。

もっとも、戦後ドイツでは、ナチズムの苦い経験とその反省に基づいて、法律の内容の正当性を要求し、不当な内容の法律を憲法に照らして排除するという違憲審査制が採用されるに至った。その意味で、現在のドイツは、戦前の形式的法治国家から実質的法治国家へ移行しており、法治主義英米法に言う「法の支配」の原理とほぼ同じ意味を持つようになっている。

『憲法 第三版』

 

参照:http://d.hatena.ne.jp/annntonio/20061007/1160149748

参考:外見的立憲主義

関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2014/07/04/165839