小室直樹

イスラムの信者にとって、法を守ることは、そのまま神を信じることにつながる。
法を守ることによって、ムスリムイスラム教徒)は容易に安心立命の境地に達する。
しかるに、キリスト教には法もなければ、規範もまた存在しない。このような宗教において、信者が神を信じるには、絶大な努力を要するのである。
イスラム教キリスト教とは、同じ一神教であっても天地雲壌の違いがある。
また、イスラム教キリスト教と違って、原罪論およびイエスの購罪による人間の救済、三位一体説、予定説、神の母マリアなどの奇態きわまりない教説を持たない。
イスラムでは教えのエッセンスが「法を守れ」に縮約され、理解を絶するような教義は、一つもない。
誰にでも王極分かりやすい。
イスラム教が沖天の勢いで広まっていったのは、まさに当然すぎるほど当然のことであった。
マホメットの死後一〇〇年ほどで、イスラム帝国は全盛期のローマ帝国より広大な領域を支配した。
この大帝国においてイスラムは被占領地の住民を和合、同化し、その都であったバグダードは世界経済の中心となって繁栄をきわめた。
生産力は進歩し、富は蓄えられ、貨幣経済も伸展をきわめた。
目木人はアジアの歴史(東洋史)、ヨーロッパの歴史(西洋史)は知っていても、中東史(言うならば「中洋史」)、すなわちイスラム史を知らない。イスラムこそ一〇〇〇年以上にわたって世界史の中枢であった。その絢欄豪華さは中国すら及ばず、同時代のヨーロッパに至っては、ゲルマン人はいまだ汚い野蛮人であった。
大航海時代ルネッサンスを契機として、ヨーロッパは近代へ向けて発進することになるが、いずれもイスラムの文化的指導なければありえなかった。
世界がイスラムに負うのは、アラビア数字だけではない。代数学天文学、化学はもとより、ギリシャ、ローマの思想研究もまたアラブを母胎とする。
このことを欧米人がすっかり忘れてしまっている忘恩こそが、イスラムと欧米との紛争の原因なのである。

『日本人のためのイスラム原論』

 

参照:http://www.books-ruhe.co.jp/recommends/2002/04/nihonnjinnnotamenoisuramu.htm