埴谷雄高

――おお、私は、肉体と精神の裡、精神へ賭ける。人間の優位を主張する。この宇宙が自然的に衰滅することなど決してなく、必ず人間的なものによって破壊されると信ずる。人間は、この唯一無二の証明によって、偉大な自己否定に達するのです!
そう呻き上げるように黒川健吉は一気にいいきった。(p.353)

――(…)もし人間をその内部に含んでいた存在が、或るとき、ある窮極の、時間の涯のような瞬間、怖ろしい自己反省をして、そこに嘗て見慣れた存在以外のものを認めたとしたら、永遠に理解しがたいようなものがそこに残っていたとしたら、ばっくり口をあけ虚空の空気が通うほどの巨大な傷がそこに開いているとしたら、そのものは人間からつけ加えられたものだ。それは時期知れぬ、何時の間にかつけ加えられた。それは、それまで見たことも予想したこともなかった、まるで奇妙な、存在が不動の存在である限り決して理解しがたいものの筈です。おお、それこそ……その名状しがたいものこそ、虚体です! 三輪の問題とは、人間はついに人間を超え得るか、否か、だ。人間がついに永遠の人間性を主張し得るために、むしろ存在をのみこみ、内包するほど茫漠たる巨大な虚体を、目もなく耳もないような忌まわしいその相手へ決然と与え得るか、否か、だ。おお、そうなのです!
そう激しく息づきながら、黒川健吉は悩ましげにいいきった。(p.367)

『死霊』

 

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