養老孟司

ここで明瞭になるのは、われわれが「そんなことはきわめて稀(まれ)」だと考える事例が、じつはそうではない、ということである。全然違う方から近づいても同じ結果が得られる。そう言い換えてもいい。

 

具体的な生物を知っている人なら、さもありなん、と思うかもしれない。生きものがまったく違うものを利用して、同じことをしている場合はよく知られている。目のレンズを作るタンパク質は、哺乳類とイカやタコのような頭足類ではまったく違う。しかもどちらも細胞のなかでふつうに使われている酵素を少し変えて利用する。要はレンズが透明になればいい。意識的な世界に慣れてしまうと、ものごとにはきちんとした論理があって、秩序的に進行するとつい考えてしまう。でも生きものは使えるものならなんでも使って、それを「適当に」やるのである。

 

進化現象をコンピュータの中で解析する。人工生命と呼ばれたものはその典型である。本書の事例はもっと基礎的である。細菌を代謝経路の集積と見なしてしまい、その多様性と規則を追求する。その視点からすると、直感的に考えたときに、そんなことは不可能な「偶然」だと思われることが、実際に起こってきたとしても不思議ではないという結論が出てくる。コンピュータがヒトの直感と思考を変えさせる。カオスがそうだったが、ぼちぼちそういう傾向が主流になってきたことを例示する仕事であろう。

  今週の本棚:養老孟司・評 『進化の謎を数学で解く』=アンドレアス・ワグナー著

太字引用者

関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2015/02/05/180319