小林秀雄

悲劇的感情ほどよく自覚された感情はない。一方に人間の弱さや愚かさがある、一方にこれに一顧も与えない必然性の容赦ない動きがある。こう条件が揃ったところで悲劇は起るとは限らぬ。悲劇とは、そういう条件にもかかわらず生きる事だ、気紛れや空想に頼らず生きる事だ。凡ては成る様にしかならぬ、いかなる僥倖も当てに出来ない、そういう場所に追い詰められても生きねばならない時、若し生きようとする意志が強ければ、私達にどういう事が起るかを観察してみればよい。このどうにもならぬ事態そのものが即ち生きて行く理由である、という決意に自ずから誘われる、そういう事が起るでしょう。まことに理窟に合わぬ話ですが、そういう事が起る。これが悲劇の誕生だ。悲劇の魂は、そういう自覚された体験の裡にしか棲んでいない。体験は個人個人によってみな違うのである。だから、悲劇は理論家や観念派には、なかなか到来しにくいのである。

(「政治と文学」)