小林秀雄

加納氏の言うトルストイが、芸術によっても思想を通じても果すことの出来なかった人生とは何ぞやという問題の解決を、トルストイの実生活に於ける悲劇が果しているとは一体どういう意味だろう。彼の痛ましい悲劇も、それ自体問題の解決だ、では彼の死もまた問題の解決ではないのか。それでは問題を解決したのは彼ではなく、彼は寧ろ問題に解決されたのではないか。

(「思想と実生活」)