埴谷雄高

私個人ついていえば、私は『大審問官』の作者から、文学が一つの形而上学たり得ることを学んだ。そして、その瞬間から彼に睨まれたと言い得る。私は彼の酷しい眼を感ずる。絶えざる彼の監視を私は感ずる。ただその作品を読んだというだけで私は彼への無限の責任を感ぜざるを得ないのである。それは如何に耐えがたい責任であることだろう、とうてい不可能な一歩をしかも踏み出さねばならぬということは。私はついにせめて一つの観念小説なりともでっち上げねばならぬと思い至った。やけのやんぱちである。

(『死霊』自序)