小林秀雄

孔子プラトンの考えた哲人政治が現代の政治の参考にならないということはなんのことでもない。それより、彼らの考えた政治は、いっぺんも実際に実現されなかったゆえんについて、よくよく考えてみた方が有益であろう。彼らの理想は死にやしない。人間の生きている限り死ねないのである。彼らは、国も時代も超えた普遍的な正義の考えを抱いていた。彼らは天才的に観察し思索したに違いないが、彼らが、ぎりぎりの観念に到達したのは、凡人にも備わる人間の本性の裡においてである。

そんなことは、理想にすぎない、という非難こそ、理想の力をいちばんよく語っている。理想は、観念の中でしかけっして完成しない[…]。実現されたものは、むろん、理想ではないが、実現の可能が予想できるようなものも理想ではない。理想は命令や規範とは違うのである[…]。

(「理想」)