戸田山和久

最初、この世には生きものはいなかった。そのときは、この世で起こることを理解するには物理的スタンスで十分だ。ところが、化学反応のスープの中から、生きものと呼べるような独特のシステムが生じてくる。そうなると、たとえば機能とか目的の原型のようなものがこの世に生じる。
この目的なるものは、最初はシステムにつくりつけになっている。つまり、システムは実現できる目的しかもたないし、その目的をいつでも直ちに実現しようとしてしまう。そういうつくりになっている。たとえば、カエルの「食べる」を目的としたシステムは、目の前に黒い小さな点(たいていはハエ)が現れると自動的に舌を伸ばして食べてしまう。いくら満腹してもそれは止まらない。ところが、そのうち、目的はやや独立してくる。つまり、果たされない目的をとりあえずもっておくことができるようになる。これが欲求の始まりだ。そして、この果たされない目的はさらに進化して、しまいには倒錯して「人生の目的」なるものに至る。
こんな具合に、人生に大切な存在もどきたちが、そうでないもの(原機能、原目的、原意味、原価値、原自由エトセトラ)から徐々に「湧いて出た」過程を再構成することによって、一枚の絵に存在もどきを描き込もうという寸法だ。あるベストセラーのタイトルをもじって言えば、人生に必要なものはすべてバクテリアの頃からもっていた、というわけ。

『哲学入門』

太字原文

 

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