大栗博司・池谷裕二

池谷: すると最初の疑問に戻ってしまうのですが、基本法則は本当にあるのでしょうか。「基本法則がある」とヒトの脳が認識しているだけではないでしょうか。そして理論とは、自然界の中でたまたま脳が理解しやすい部分に焦点を絞って、都合よく構築された虚構ではないでしょうか。

 

大栗: でも、基本法則は人間の脳の幻想などではなく、実際に自然界でそのとおりのことが起きているんですよ?

 

池谷: 私に言わせれば、ヒトにはそういうことが起きているように見えている、それだけのことなんですよ。

 

大栗: いやいや!?ちょっとそれは納得できない!(場内に笑い起きる)

たしかに池谷さんがお書きになっているように、光が赤・緑・青の三原色からできているように見えるのは光がそういう構造になっているのではなく、人間が光を見るしくみがそうなっているからにすぎません。でも人間は、光の色が波長によって決まるということを科学の力でつきとめました。これは自然界で起きている事実であって、決して脳が描いた幻想などではありません。

 

池谷: でも、それが自然界で起きているということを、誰が保証するんですか?

 

大栗: それは再現性ではないですか?何度試しても同じことが起きる、という。

 

池谷: でも再現するのは、あくまでもヒトの手によってですよね?科学は、どこまでいっても結局は人為的な営みなんです。結局は、科学はヒトの脳の産物にすぎない以上、脳の思考癖という境界線を越えることはできません。もしも宇宙人がヒトの科学を見たら、ひどく非科学的なオカルトに映るかもしれない。

 

大栗: でも・・・・・・うーん・・・・・・たとえば僕らは自然を理解して、ある程度コントロールすることもできるわけですよね。外では雨が降っているのに、こうして建物の中で濡れずに快適な室温のもとで議論できるのも、この声がマイクで大きくなるのも、科学のおかげでしょう。これは僕らの幻想ではないのでは?

 

池谷: そこがいちばんの不思議なのです。私たちは脳が映写した幻想を生きているだけなのかもしれませんから(笑)。

  ブルーバックス創刊50周年記念特別対談 大栗博司×池谷裕二 『科学は「幻想」か』