大澤真幸

アメリカは世界の中心であり、標準である。しかし同時に、アメリカは例外的で、奇妙な国でもある。最先端の科学技術をもつ国でありながら、素朴なキリスト教信仰が異様に盛んで、進化論に真っ向から反対するグループが政治的影響力をもっていたりする。世俗的かと思えば、敬虔(けいけん)にも見える。

 

アメリカ的な精神の本質とは何か。反知性主義である。本書はこのような観点から反知性主義の歴史をたどり、アメリカ的なものを極めて深いところから理解させてくれる好著である。

 

反知性主義は、知性に反対する主義ではない。それは、一部の権威や特権階級が知性を独占することへの反発であり、徹底した平等主義によって裏打ちされている。権力と結びついた知性は、知性が本来もつ「反省」の能力を失う。反知性主義は、知性のこうした堕落への批判を含んでおり、むしろ知的な運動であるとも言える。

 

反知性主義は、アメリカのキリスト教を背景にして生まれてくる。だから反知性主義の歴史は、アメリカのキリスト教史でもある。

キリスト教は、アメリカに「土着化」することで劇的に変質した。初期のピューリタンの「予定説」はほぼ正反対のもの(御利益宗教)に転換した。特に驚異的なのは、宗教と商売がほとんど区別がつかなくなっていくこと。だから、最後に読者は気づくことになる。反知性主義の歴史をたどることは、アメリカに代表される資本主義の本性を探究することでもあった、と。

反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 森本 あんり 著

 

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