shorebird

本書は進化心理学者ロバート・クツバンによるヒトの心のモジュール性,そしてそれによる道徳と偽善の説明の本である.ヒトの心がモジュール的であるというのは,進化心理学勃興時から強調されていたことで,コスミデスとトゥービイがこれをスイスアーミーナイフに例えていることは有名だ.多くの進化心理学のリサーチはその一つ一つのモジュールがどうなっているのかをみていくものだが,本書では「ヒトの心が多くのモジュールの集合体である」というモジュール性から何が説明できるかというところに焦点が当たっている.また本書の特徴として,そのモジュール性のありようが,通常スイスアーミーナイフのたとえから想像されるようなものよりはるかに細かな多くのモジュールがあり,その一部のモジュール群はそれぞれ「self: 自身」といっていいほど独立して動く様が強調されているところがあげられる.

クツバンは「単一の統一人格」というものが幻想であると主張する.そして「意識」との関係でいえば,一部の意識につながっているモジュール,そして多くの意識と切り離されているモジュールがあるはずであり,実際そうなっていると説明する.つまり言語を司っている特定の一部のモジュールがそのほかの全てを取り仕切っているわけではなく,それらを「私自身」と考える必然性はどこにもないということになるのだ.

 

全てを総括しているわけではないとすると「意識」モジュールの機能は何か?クツバンはそれは(大統領)報道官に過ぎないと説明する.この「報道官」という意味は,報道官は大統領の都合の悪い真実については知らない方がよいし実際に知らないという意味だ.様々な道徳を巡る調査で明らかになっているのは,人々はある行為が悪かどうかは即答する(道徳モジュールによる計算が結果のみ出力されている)が,その理由を聞かれると,その場ででっち上げる(報道官モジュールによる後付けの説明:実際にそれが理由であるはずがないことは簡単に示すことができる)ということだ.

 

報道官モジュールの機能は大統領(つまりそのモジュールの持ち主)の評判を高めるためであり,そのために知っていた方がよいことだけを知っているのだ.

  [書評] 「Why everyone (else) is a hypocrite」

 

参考:ロバート・クルツバン『だれもが偽善者になる本当の理由』

 

関連:http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20141001
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20141219/E1418894243625.html
http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2015/06/08/214737