魚川祐司
偈(詩)の中でも彼の法は「貪欲に染まり、暗闇に覆われたものには見ることができない」と述べられているが、そのように盲目的に何かを欲望する傾向性をもつからこそ、人々は異性を求め、より豊かな暮らしを求める。そしてその希求が生殖と労働という人間の普遍的な営みに繋がって、それが関係性を生み出し社会を作り、そこで私たちの「人生」が展開する。
要するに、世の人々が欲望の対象を喜び楽しんでいることは、水が高いところから低いところへ流れるような、いわば自然の傾向性なのであって、それがまた、私たちが「人生」だと考えるものの内実を、規定しているわけである。しかるにゴータマ・ブッダの教説というのは、その自然の勢に真正面から「逆流」することを説くものであって、彼はそのことをよく自覚していたからこそ、自分の証得した法(dhamma)のことを、「世の流れに逆らうもの」だと捉えたわけだ。
『仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か』(p.31)