埴谷雄高

政治を政治たらしめている基本的な支柱は、第一に階級対立、第二に絶えざる現在との関係、第三に自身の知らない他のことのみに関心をもち熱烈に論ずる態度である。自身の知らない他のことを論ずるために、私たちはまず他人の言葉で論ずることに慣れ、次第に、自身の判断を失ってしまうのが通例であるが、この他人の言葉を最も単純化した最後の標識は、さて、ひとつのスローガンの高唱のなかに見出せる。私たちが他人の言葉によって話すということは、もちろん、他人の思想によって考えていることであるが、そこからつぎのような現代の構図をもった悪しき箴言を引き出すことができる。
  スローガンを与えよ。この獣は、さながら、自分でその思想を考えつめたかのごとく、そのスローガンをかついで歩いてゆく。


この《他の思考》が、これまでの政治の原理である。
ちょうど文学がひとりの個人が感じ、見たところのものの延長にのみ築きあげられるのとまったく対照的に、政治は自ら感じ、見たところのものではなく、他人が見て感じたところのものの上にのみ支えられている(後略)

(「政治のなかの死」/「中央公論」昭和33年11月号/『埴谷雄高政治論集』

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