埴谷雄高

政治が支配者と被支配者のあいだに置かれて伸び縮む巨大な権力にかかわる体系であることを理解しなければ、私達は、政治の如何に些細な行動をも理解出来ないであろう。

恐らく政治の体系に於いて最も微妙な部分を占めるのは、支配者の位置と心理である。あらゆる支配者は、二つの相反する任務を巧妙に統一しなければならない。即ち、巨大なピラミッドの底辺に蹲まり政治を担っている奴隷として、被支配者を訓練することと、同時に、その被支配者を、支配者の坐しているピラミッドの頂点を自発的に支える戦士としても訓練しなければならないのである。一方では、命令に服従する物言わぬ無意志を、他方では、その命令者を讃え擁護する楯となるべき自由意志を育てること(後略) 

私達がもし政治的触覚を少しばかり働かせれば、政治の総体としての大ピラミッドとすっかり同じ形の無数の小ピラミッドが、あらゆる場所の奥にもつくられていることに気付く筈である。(中略)もしコーヒーをのんでいるそれらのひとが三人になれば、その心理の奥にゆらゆらと揺れるピラミッドの淡い影が映りはじめると断定しても、殆ど誤りないほどである。

(「政治をめぐる断想 序」/埴谷雄高埴谷雄高 政治論集』)