小林秀雄

文芸に関してとは限らず、人生どの方面にも保守派と進歩派とがあるものだ、菊池寛は、そのどちらにも与しなかった。ただどちら附かずの曖昧な立場に立ったのではない。保守派も進歩派も、実人生の見えないロマンチストに過ぎぬと、はっきり考えた人なのだ。保守派は、現実の習慣のうちに安んじて眠っている。進歩派は、理論のうちに夢みている。眠っているものと、夢みているものとは、幾らでもいるが、覚めている人は少い。人生は動いて止まぬ。その微妙な動きに即して感じ考え行う人は、まことに稀れである。

「『菊池寛文学全集』解説」