荒木優太

いうべきことを端的に要約しておこう。「しかない」論者には「しかたない」という根本的な感情があるかもしれない。しかし今日、様々な「仕方」は存在する。もちろん、そのすべてが意に適うような有効なものだと言う気はない。しかし「しか(た)ない」という言葉はトライ&エラーを繰り返した後の呑み屋の愚痴までとっておいても遅くないのではないか。全てをこなすことはできないのかもしれない。しかし、自分の能力、割けうる時間、願望するもの、個々人で異なるその細かなオーダーに応じて、自分が望む世界のために自分ができることは、少しずつだが確実に増えている。

在野研究の仕方――「しか(た)ない」?