眼鏡パンダ

和辻哲郎「現代日本と町人根性」。西欧列強の帝国主義に対抗するために、「手段」として資本主義を取り入れた日本は、日露戦争後、「手段の奴隷」に反転して、自ら帝国主義化した。和辻は、その原因を「町人根性」にあるとして、江戸時代の町人の思想に立ち返り、そこに資本主義精神の萌芽を見出す。

和辻の定義によれば、町人根性とは「道義を手段とし自家の利と福とを目的とする」ものである。江戸期においてはその利己主義は家に限定されていたが、開化以降、福澤諭吉らを通じて、個人主義功利主義が導入されることで、その資本主義精神が十全に開花することになった。

和辻は、「町人根性が現代の支配精神となっている」とし、これを超克するためには、共同社会の「自覚」(これは近代日本思想において重要なトピックの一つだった。今では忘れられているが)が必要であると説く。この「自覚」を高めることで、利益社会を含んだ共同社会である「国家」となる、という。

一見すると、この和辻の「町人根性」批判は、有用性批判のように思われる。が、本当にそうだろうか。まず、①和辻は個人主義を批判し、共同体を顕彰するが、これは個人的な目的と共同体の目的を比較しているにすぎず、いずれにせよ「目的のために役立つ」という点で、どちらも有用性にすぎない。

つぎに、②「町人根性」は社会正義ではなく経済的利益を目的とするために軽蔑される。これもまた、目的の序列化にすぎず、社会正義であれ経済的利益であれ、目的に従属するという点で、どちらも有用性の枠内にある。さらに、③町人根性は、道義を手段とし利益を目的とするという点で、

手段と目的の転倒が指摘されている。すなわち、本来は道義が目的、利益が手段でなければならない、という主張である。しかし、この手段と目的の転倒もまた、あくまでも目的‐手段連関を前提としているのだから、有用性に回収されてしまう。

要するに、和辻は有用性を批判しているように見えて、実は、「悪い有用性」に対して「善い有用性」を優越させているにすぎないのだ。このように、有用性を批判し、それに抗する議論というのは、しばしばそれ自体が有用性へと回帰してしまう。

③もし究極目的があるとすれば、それは、他のいかなる目的のための手段にもなりえないと同時に、いかなる手段のための目的にもなりえない。なぜなら、手段を持ち、他と関係するならば、目的-手段連関の内へと入り、それ自体手段へと反転しうるからだ。したがって、究極目的とはいかなる目的でもない。

有用性(目的‐手段連関)を徹底的に思考したのは、キリスト教神学、特にトマスであったと思う。個人の経済的利益は共同体の共通善へと、共通善は自然の目的へと、自然の目的は天上の目的へと秩序付けられ、あらゆる有用性が究極目的=神の善性へと従属する。

とはいえ、人間がどんなに徳を習得し、共通善を達成したとしても、それだけでは究極目的を実現することはできない。そのためには、神からの恩寵が不可欠なのである。このように地上の有用性と天上の目的の間に飛躍があるのは、まさに究極目的が単純な目的‐手段連関の内には入らないことを示している。

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参考:和辻哲郎「現代日本と町人根性」/『続日本精神史研究』

 

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