小林秀雄

自然の法則とは何んだ。俺が望もうと望むまいと二に二を掛ければ四になるというに過ぎないではないか。二二んが五であっても構わぬと思っている人間の手から、科学は勿論だが、どんな道徳も宗教も生れ来ない、生れてもこの世に存続出来ないとは、何んという馬鹿々々しい事だ。
小林秀雄「『罪と罰』についてⅡ」)

2+2=4とは清潔な抽象である。これを抽象と形容するも愚かしい程最も清潔な抽象である。この清潔な抽象の上に組立てられた建築であればこそ、科学というものは、飽くまでも実証を目指す事が出来るのだし、又事実実証的なのである。この抽象世界に別離するあらゆる人間の思想は非実証的だ、すべて多少とも不潔な抽象の上に築かれた世界だからだ。だから人間世界では、どんなに正確な論理的表現も、厳密に言えば畢竟文体の問題に過ぎない、修辞学の問題に過ぎないのだ。簡単な言葉で言えば、科学を除いてすべての人間の思想は文学に過ぎぬ。
小林秀雄「Xへの手紙」)