埴谷雄高

人間は何故かくあるかを問うことはできない、とは、永劫の不可能の標識を掲げたいわば存在論ふうな暗い凹型の問いかけである。このような種類の問いかけを大きな特別の括弧にいれておき、自己の社会的存在についてなんらかの凸型の回答を提出し得る灰色の薄明の時代に私達はようやく踏み込んでいるけれども、しかもなお、万華鏡に似た思いがけぬ変幻を現す事物の目まぐるしい推移にひかれてうかうかと一生を過してしまう薔薇色の習性や、自己の位置については何ごとも語ることのできない雪盲の無自覚性に背中をとらえられたまま、しゃにむに前方へ歩み進んでいるのが現代である。

(「死滅せざる『国家』について」/『埴谷雄高 政治論集』)