伊藤計劃

老人たちがそれぞれのコードを入力し、ハーモニー・プログラムが歌い出した瞬間、人類社会から自殺は消滅した。ほぼすべての争いが消滅した。個はもはや単位ではなかった。社会システムこそが単位だった。システムが即ち人間であること、それに苦しみ続けてきた社会は、真の意味での自我や自意識、自己を消し去ることによって、はじめて幸福な完全一致に達した。

 天国なるものがこの世のどこかにあるとしたら。

 

完全な何かに人類が触れることができるとしたら。
おそらく、「進化」というその場しのぎの集積から出発した継ぎ接ぎの脊椎動物としては、これこそが望みうる最高に近い状態なのだろう。社会と自己が完全に一致した存在への階梯を昇ることが。


 いま人類は、とても幸福だ。

 とても。


 とても。

 『ハーモニー』

 

関連:http://hideasasu.hatenablog.com/entry/20091021/1256110055
http://hideasasu.hatenablog.com/entry/2015/04/10/083107