埴谷雄高

 ――宣戦布告にきましたよ。
数瞬の沈黙が過ぎ去った。冷静に身動きもせぬ津田康造は、眼もそらさず訊き返した。
――どうして私にです。
――貴方が極点だからです。
――どういう極点?
――アジア的思考様式の極点だからです。
と、首猛夫は腰を屈めたまま、強く押しこむように云った。

――ふむ、貴方は、アジア的生産様式という言葉を聞いたことがおありでしょうね。そうとすれば――そこに対応するものが、もうお解りの筈だ。あっは! それは、つまり、大地に密着した農夫の思考です。まだ暗い夜明けからその夜更けまで動きつづける一人の農夫の思考を、貴方は一日中追いつづけてみたことがおありでしょうかね。一体、そこにあるのは何だろう? ふむ、貴方は既にお解りな筈だ。そこには余計な、自身に抵抗するようなものなど何もありはしない。おお、何もありはしない。そこにあるのは――太陽と嵐と自身の手足を頑なに信じて、見られた自然と間隔(すき)もなく一致する精神です。あっは、一=(イクオール)一のゆるぎない思考だ!

『死霊』(p.182-183)

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