埴谷雄高

――ところで、生れついてこの方絶えず外部からつき動かされている俺達が自らだけから発した意志、正真正銘の自由意志でおこなえることがこの人生に二つあるが、お前はそれがなんだと思うかね。

――他のひとつは解りませんけれど、ひとつは古くから決っています。
――というと、何かな?
――自殺です。

――ふーむ、それが俺達がなし得る古くから決っているところの正真正銘の自由意志の一つだとすると、他の一つは何だと思うかな。

――まだほかに何か私達が自由意志で振舞えるのでしょうか?
――それが、できるのだ。まだお前は若過ぎて解らぬのだが、敢えていってしまえば、それは子供をつくらぬことなのだ……。

(『死霊五章』/140-142頁)