2015-05-01から1ヶ月間の記事一覧

『碧巌録』

好事も無きに如かず 参考:http://www.jyofukuji.com/10zengo/2002/05.htm

ルソー

地上ではわたしにとってすべては終ってしまった。善にせよ悪にせよ人々はもうわたしになにもすることができない。わたしにはもうこの世で期待したり恐れたりすることはなにひとつ残っていない。こうしてわたしは深淵の底で安らかに、恵まれぬ哀れな人間であ…

パスカル

真の雄弁は、雄弁をばかにし、真の道徳は、道徳をばかにする。言いかえれば、規則などない判断の道徳は、精神の道徳をばかにする。なぜなら、学問が精神に属しているように、判断こそ、それに直感が属しているからである。繊細は判断の分け前であり、幾何学…

小林秀雄

ランボオという奇怪なマテリアリストは、主観的なものに何んの信も置かなかった。彼には抒情詩というものは一向興味を惹かなかった。彼の全注意力は、客観物とこれに触れる僕等の感覚の尖端にいつも注がれていた。どの様な思想の形式も感情の動きも、自律自…

森本あんり

本来「反知性主義」は、知性そのものではなくそれに付随する「何か」への反対で、社会の不健全さよりもむしろ健全さを示す指標だった。 知性が欠如しているのではなく、知性の「ふりかえり」が欠如しているのである。知性が知らぬ間に越権行為を働いていない…

大澤真幸

アメリカは世界の中心であり、標準である。しかし同時に、アメリカは例外的で、奇妙な国でもある。最先端の科学技術をもつ国でありながら、素朴なキリスト教信仰が異様に盛んで、進化論に真っ向から反対するグループが政治的影響力をもっていたりする。世俗…

龍樹

〔宇宙においては〕何ものも消滅することなく(不滅)、何ものもあらたに生ずることなく(不生)、何ものも終末あることなく(不断)、何ものも常恒であることなく(不常)、何ものもそれ自身と同一であることなく(不一義)、何ものもそれ自身において分か…

今野晴貴・荻上チキ

荻上 社会運動って、かつては「階級」を前提とした闘争があった。人が生まれながら固定的な役割を押し付けられて、その構造のなかに絡めとられてしまう状況を改善しようという。ただ最近は、人はいつでも、あるタイプの困難に陥ることがありえるという、「生…

ドストエフスキー

《フム……そうだ……すべては人間の手の中にあるのだ、それをみすみす逃してしまうのは、ひとえに臆病のせいなのだ……これはもうわかりきったことだ……ところで、人間がもっともおそれているのは何だろう? 新しい一歩、新しい自分の言葉だ。だからおれはしゃべる…

マルクス・アウレーリウス

外から起ってくる事柄が君の気を散らすというのか。それなら自分に暇を作って、もっと何か善いことをおぼえ、あれこれととりとめもなくなるのをやめなさい。またもう一つの間違いもせぬように気をつけなくてはならない。すなわち活動しすぎて人生につかれて…

松尾豊・海猫沢めろん

AI

――なるほど。もう一方の「知能とはなにかを考える」というのは、具体的にどういうことを考えているんでしょう。 松尾 いろいろな考え方がありますが、例えば、知能を「外から見た振る舞い」として考えると、段階的に、こう定義できるかもしれません。 レベル…

北村透谷

つら/\思ふに、寂滅為楽の幽妙なる仏味と宗教的虚無思想が吾人の中に存して、吾人の生霊を支配せし事久し、貴族的思想の族長制度と印度教との父母より生れて、堅く其地歩を占め、以て平民的共和思想の発達を妨げ居たる事も既に久し、空漠たる大空を理想と…

吉川浩満

「生物は運がわるいせいで絶滅する」と言うとき、ラウプはたんに運が大事だと指摘しているのではない。それだけではなく、生物の歴史における運の独特な働きかたに目を向けるよう私たちに促しているのである。そうすることで、恐竜や哺乳類の理不尽な絶滅と…

デイヴィッド・M. ラウプ

ほとんどの種は、運が悪いせいで死滅するのではないかと、私は考えている。それまでの進化の過程では予想もつかなかった、生物的あるいは物理的ストレスにさらされ、しかも、ダーウィン流の自然淘汰が適応する時間的余裕もないせいで、種は死滅するのだ。「…

岡ノ谷一夫

私たちはここ数百年で多くの生物を絶滅させてきた。ウミガラスやステラ海牛を食べ尽くした。しかしそれはまだ序の口だった。地理的隔離により増大した生物多様性は、グローバル化による病原体混入により失われつつある。固定された二酸化炭素は化石燃料とし…

ダニエル・カーネマン

私たちは、自分自身の判断や意思決定をどうしたら向上させられるだろうか。ついでに、上司や部下の判断と意思決定を向上させるにはどうしたらいいだろう。一言で言えば、よほど努力をしない限り、ほとんど成果は望めない。経験から言うと、システム1*1にもの…

飲茶

もし、我々が、自分自身の選択について、「なぜそれを選んだかの仕組みが完全にわかっていた」としたら、それはもう自由意志ではなく、機械的な意志になってしまう。したがって、機械的な意志でないためには、「なぜそれを選択したのか、その仕組みがわから…

デフォー

自分の生活の明るい面をより強くみ、暗い面はあまりみないすべを私は覚えていた。なくて困っているものよりも、現に享有しているものを考えるくせがついていた。こういう考え方がどんなにしみじみとした深い慰めを私に与えてくれたかは、はかり知れないもの…

アルフレッド・コージブスキー

アルフレッド・コージブスキー自身によると、 一般意味論の主な目標はその実践者に「抽象過程への自覚」と彼が呼ぶものを展開することである。それは「地図と現地の違い」の自覚であり、言語などの表現方法によってどれだけの現実が破棄されているかというこ…

ピエール・ロザンヴァロン

「(…)選挙での投票は、期待通りに行動してくれそうな人への『信頼』を表明すること。カウンター・デモクラシーは『不信』感を通して、制度に一種の試験をすること。民主主義は2本の足で立つ。一つは『信頼』、もう一つは『不信』。前者を代表制が、後者を…

金谷治

『論語』のなかには、調和についての有名な言葉があります。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和ぜず」(子路篇)「和而不同」、よく色紙などにも書かれる名言です。和と同とは違う。和はよいけれども、同はつまらない人間のすることだ、というのです。こ…

森三樹三郎

自然を人工に対立させ、人工を拒否して自然を固守するというのは、自然の道として初歩的な段階にすぎない。いわば機械を使って機械に使われないことこそ、真の道であるというのである。だが天地篇(引用者注:『荘子』)の作者のいいたいのは、機械のことだ…

池谷裕二

生きる意味はなんでしょう――大学で教鞭をとっていると、若い学生からそんな問いを受けることがあります。私は決まってこう答えます。「その意味を探すプロセスこそがヒトとして生きる意味ではないでしょうか」と。生きる目的は人によってちがうはずです。い…

池谷裕二

私たちは意識上では極めて自由に行動しているつもりであっても、現実には、本人でさえ自覚できないような行動のクセがあって、知らず知らずに、活動パターンが常同化しています。バラバシ博士らは「ヒトには変化や自発性への強い顔貌があるが、現実の生活は…

小林秀雄

僕等の感官は、自然を僕等の生存に巧妙に利用しようが為に、自然との直接な全的な取引を禁止する様な、或はそういう取引が非常に困難な様な、そういう構造に出来上がっているらしい。僕等は、全力をあげて、人間という生物の裡に閉じこもっている。 「ランボ…

坂野潤治

もし、歴史観というものが眼前の社会状況に強く影響されるものならば、そろそろ「階級史観」が復権してもいいのではなかろうか。今回、『〈階級〉の日本近代史』(講談社選書メチエ)を書くにいたった動機である。しかし、戦前戦後を通して日本の近代史研究…

荘子

和して唱えず 『荘子』(徳充符篇)

シオラン

主張することなど何もないということを知る幸せ。 『カイエ』 参照:https://twitter.com/Cioran_Jp/status/598130007005798400

網野善彦

(…)「自由」は中国大陸から入ってきた言葉ですが、元来は専恣横暴な振る舞いをするという語義で、専らマイナスの価値を示す言葉だったのです。中世の「二条河原の落書」で用いられた「自由狼藉の世界」などの表現は、そのことを端的に物語っていると言えま…

柳田国男

我々が空想で描いて見る世界より、隠れた現実の方が遥かに物深い。 『遠野物語・山の人生』